日々の学び:植田文也『エコロジカル・アプローチ 「教える」と「学ぶ」の価値観が劇的に変わる新しい運動学習の理論と実践』

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最近、サッカー界隈で流行っているトレーニング理論が「エコロジカルアプローチ」と「制約主導型トレーニング」だ。英語の本はすでに買い物カートに大量にあるのだが、腰が重く買うのを躊躇っていたところ日本語書籍が出版。すぐに買って拝読。

とんでもない数の金言があったが、取り上げきれないのでいくつか引用。やはり理論として、アカデミックとしてトレーニング理論を学んでいる人の言葉は深みがすごい。頭があがらない。

伝統的アプローチは、人の運動を分析するときに、脳がどのように認知し、判断し、身体に指令を出すかというプロセスに着目します。運動する主体は人なので、人の運動を分析するときは、人そのものを主要な分析対象としているわけです。 これに対してエコロジカル・アプローチは、人と環境の相互作用の中にスキルが存在すると考えます。

コーチの役割は、学習者それぞれのレベルに合わせて制約を設定すること。そして学習者がある程度練習を反復したら、制約を操作することです。 制約の操作とは、例えばシュートやパスのドリルであれば距離を変える、角度を変えるといったものです。

人の運動に関わる制約は個人制約、タスク制約、環境制約の 3種類に分類できます。  個人制約とは、アスリート(学習者)の身長、体重、柔軟性、ストレングス、運動の癖などです。 タスク制約とは、テニスコートのセンターラインをずらして、対角線のエリアにリターン返したらボーナスポイントを与えるというような、練習(学習)のオーガナイズやルールなどに設ける制約です。 環境制約とは、グラウンドは天然芝なのか、土なのか、天候は晴れなのか、雨なのかといった練習(学習)環境の制約です。

運動するとは、制約に適応するために、ミクロなスケールからマクロなスケールへとワーキングユニットを自己組織化させていくことに他なりません。複数の鳥があらゆる制約の下で共適応し、群れという大きなワーキングユニットを自己組織化させる現象は、人の運動と酷似しています。

彼の著名な研究が「熟練した鍛冶屋のハンマータスク」です。ベルンシュタインはこう主張します。
・経験豊富な鍛冶屋は、金属を鍛錬するために毎回同じ場所を叩いているが、毎回同じ動きを繰り返しているわけではない。
・もちろん、ある程度の動作の安定性は観察される。毎回ランダムな動きをしているわけではない。
・しかし、毎回同じ場所をハンマーで叩くためには、一つ前の打撃動作に応じて、次の動作を変化させなければならない。
〜この研究が示唆している通り、スキルに熟練するための鍵は、厳密に同じ動作を反復することではありません。「同じ結果を出すために、違う動きをすること」です。

制約主導アプローチに基づく指導においてコーチが意識すべきプリンシプルは、以下の五つです。
(1)代表性
(2)タスク単純化
(3)機能的バリアビリティ
(4)制約操作
(5)注意のフォーカス

エコロジカル・アプローチが主張しているのはいわば「一貫なき一貫指導」です。一貫した育成理論の下で、一貫していない多様な運動、多様な戦術を経験させる育成機関が必要だということです。

エコロジカル・アプローチ、ひいては複雑系を取り扱う書籍の場合、その説明が非常に難解である。本書は3部構成で、最初の二部でその理論を説明、一部で具体的なトレーニングやゲームモデルといったものと対応した内容を説明している。元々の題材が超複雑かつ難解であることを考えると、複雑系や自己組織化といったものがかなり分かりやすく解説されていて、完璧な入門書だと思う。エコロジカル・アプローチに限らず、複雑系や自己組織化といった言葉に出会った指導者・研究者には、まずこの本を読むのが良いとおススメしていきたい。

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