日々の学び:澤田純『パラコンシステント・ワールド』

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末端のスポーツチームといえど、経営者・会社が何を考えているのか気になったので拝読。複雑系の話につながるような単語・話題が多く、単なるビジネス書を越えた学びの深い一冊だった。

本の大まかな内容としては、IWON(6Gの基盤になりうる次世代のネットワーク構想)の技術それ自体ではなく、IWON構想の目的やIWONが実現した際に出てくるであろう人文学的問題について書かれている。昨今のテクノロジーの発展がどこに向かうのか、何を我々にもたらすのか。そういった点に関しても、大企業のトップという目線で考えを述べてくれており、スポーツチームのテクノロジー領域を一応担当するアナリストという仕事に関して、仕事自体を考えさせられる金言が多数あった。

印象的な言葉をいくつか。対談形式の文が多いので、澤田会長の言葉でないことも多い。

第 I 部 IOWN ビジョン 〈あいだ〉 の思想とテクノロジーへ

当時は、いずれ技術が進歩すれば、より多くの要素を精密に計測できることが可能になり、もっと最適な選択ができるようになるだろう、と考えていました。それはまさに、現代で言えば無数のモノの状態をセンシングして可視化しようとする、IoTがめざす世界の姿と重なります。しかし、現実の世界は複雑かつ矛盾だらけで、真の姿を捉えようにも一筋縄ではいきません。現在のテクノロジーをもってしても、現実世界をそのまま写し取ることはできてないのです。
〜たんなるトレードオフでもなく、二元論でもない、第三の道を選ぶことが肝要だ、と徐々に思うようになりました。

これまで捨象されてきた密かな兆候、さらには人間が感知できないような微細な情報、リアルな場の空気感なども含めて、数値化できないものとして、あるいは意味のないものとして捨象してきたものを改めて検証し、丁寧にすくい上げていく営みが必要なのだと思います。

第 II 部 IOWN ダイアローグ 〈あいだ〉を考える4つの対話

この章から「絶対矛盾的自己同一」という言葉がキーワードとして出てくる。

それぞれの主体に備わる知覚と、知覚によって寛解され、働きかける身体の作用(行動)によって、その生物固有の一つの完結した全体(主体にとっての現実)をつくり上げている。このありようをユクスキュルは環世界と呼びました。
〜界には無数の環世界が存在します。種ごとにちがう環世界があるだけでなく、この考えを押し広げるなら、同じ人間であっても、民族、言語、国、宗教、職業、性別、年齢など、その人の特性ごとに、さらにはそれぞれの固有の身体ごとの環世界があり、知覚している世界も作用する世界も異なると言うことができるでしょう。このような視点に立つと、 AIによって神の目のように客観的に世界を一つに捉えようという態度がいかに粗暴で、傲慢な試みであるかに気づかされます。

現代のデータ至上主義社会の方向転換を図るうえで、もう一つ参考になるのが、米国の文化人類学者のグレゴリー・ベイトソン 25による「情報」の定義です。ベイトソンは、情報を「差異を生み出す差異( A difference which makes a difference)」である、と述べています。つまり、ベイトソンは主観的な知覚の差異(それぞれの環世界)から情報が生じると考えました。

差異(情報)が環世界で言うところの作用(行動)を生み、つねに変化する環境のなかで、差異(情報)によって喚起された主体が自然や他者と関係性をつむぐという、生命の営みを感じ取ることができます。しかも、それぞれの異なる環世界が交わることで、新たな価値が生じます。つまり、生あるものにとって重要なのは、他者との相互作用を通して生まれる差異(情報)であり、何が生成されるかは、その場の状況や交わる環世界による、つまりコンテクスト(文脈)に依存するということなのでしょう。

ところが、この計画(ヒトゲノム計画)が明らかにしたのは、「生命(の情報)のすべてが明らかになっても、生命の成り立ちは一つも明らかにならない」、ということだったのです。つまり、ロゴスをきわめていった先に必ずしも解答がないということがわかった。ピュシスとして私たちが存在している以上、トレードオフや設計的な思想だけではけっして解けないものがある、ということなのだと思います。

一方、自然の進化の歴史のなかでつくられてきた魚を見ると、背骨ができたのは一番最後なんですよ。
〜発生的なあり方では、そのときどきで必要なものがモニョモニョと集まってきて、骨が必要になれば骨をつくる(生じる)というわけです。つまり、構造がつくられるのは最後なんですね。

いくら人間をAIにうつすことができても、生命の自己破壊までは再現しきれないのではないでしょうか。
– うつせないですね。つくる前に壊すというプログラムを組むと、因果律を無視することになって、動く前につぶれてしまいます。

ピュシスの掟は確かに種の保存にありますが、人間が人間たるゆえんは、個の生命の自由を約束できたことにあります。だから人間は、「産めよ、増やせよ」に参画しなくてもいいし、個々の生命に価値があることを約束した唯一の生物なのです。これは、ロゴスのもたらしたもっとも大切なことと言えます。

科学技術の危険なところは、標準化、平板化を志向しすぎるところにあります。それは 19世紀からずっと指摘されてきた問題ですが、そのような動向は止まるところを知らず、結果としてグローバリゼーションを引き起こし、人々の生をますます均質化してきました。このようなグローバルな標準化、平板化の圧力にどうやって対抗して、文化や歴史のテロワールをどう守っていくべきかが、今後より一層重要になってくると思います。

金言が多すぎるのでこのあたりで筆を置く。ロゴスとピュシス、環世界、ほぼ哲学の話であった。ビジネスの現場における複雑系や哲学の話と捉えることもできるだろう。経営のトップは本当にすごい。いつ読書しているんだろうか…

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